法学部教員コラム vol.4
2012.11.13 地域創生学科 浅野 俊哉
法学部では、法学部教員の研究生活の一端や、大学人として
折にふれて感じたことを、コラムとして順次紹介しています!
2012-11-13 掲載
vol.6 【『ナウシカ』のこと】
執筆者:法学部 教授 浅野 俊哉 (哲学、倫理学、共生社会論など)
↓ 写真『ナウシカ(英語版)』
これまで、ときどき授業やゼミで扱った教材の一つに『風の谷のナウシカ』(徳間書店、全7巻)という作品があります。
『天空の城ラピュタ』や『千と千尋の神隠し』などで知られる宮崎駿氏が12年をかけて完結させた同名のアニメ映画の原作ですが、映画とは結末も主題も、まったくと言ってよいほど異なっています。
舞台は、産業文明の絶頂期から1000年後の地球。腐海と呼ばれる猛毒を放つ菌類の森が地表を覆い尽くそうとしている中、残された人々はわずかな土地と支配権をめぐって不毛な争いをしています。
物語は、そんな環境のもとで腐海の謎を探って様々な試練をくぐり抜け、最後には人間の未来を左右する、ある重大な決断をするに至るナウシカという少女の話が縦糸になって進行していきます。けれども、そこで扱われている問題は極めて今日的なものばかり。
たとえば、遺伝子操作の技術がさらに進み人間が生命を自由に創り出せるようになった時、どのような事態が待ち受けているか。人工知能が人の知性を凌駕する時代が訪れたら、人間が何をそのコンピュータに託そうとするか。目的のためには手段を選ばないエリート層や科学者たちが、人類存亡の危機に際してどれほど大胆な計画に着手しようとするか──。
こうしたSF的な──しかし、それだけに哲学的に突き詰められた──諸テーマが扱われる一方で、最終巻では人が生きるということの原点を問い直すような、厳しくも根源的な倫理観が提示されます。
8カ国語に翻訳され諸外国での評価も極めて高いこの作品、私は20才の頃、アルバイト先に置いてあった雑誌の連載で初めて知りました。完結後も何回か読み直しましたが、その現代性や先見性と問題設定の深さには読むたびに唸らされます。おそらくこの作品を読んだあとでは、たとえば原発の是非をめぐっても、以前と同じようには考えられなくなるに違いありません。
世界人口は増え続け、生命科学が飛躍的に進化し、地域紛争も激化しつつある今日、この本で描かれている内容を、単なるSFとして片付けられないような、やや背筋が寒くなる状況が進行しつつあります。
この原作を、またいつか授業やゼミで読んで、若い世代の意見を聞いてみる機会が持てればと思っています。