教員紹介

法学部教員コラム vol.18

2016.05.26 地域創生学科 志村 武

再び「正義の女神ユスティティアへのラブレター」

法学部では、法学部教員の研究生活の一端や、大学人として
折にふれて感じたことを、コラムとして順次紹介しています!

 

 

2016-5-25 掲載
vol.18   『再び「正義の女神ユスティティアへのラブレター」』
執筆者:法学部 教授 志村 武

 

 

正義の女神像

 

正義の女神像

 

 

 「初めてあなたを見たのは、僕が大学で法律学の勉強を始めたばかりの20歳の頃でした。あなたは心持ち顔を上げ背筋をぴんと伸ばして立っていました。頭には金の冠。その下から溢れ出る風にたなびく豊かな黒髪。あなたは左手に剣、右手に天秤を持ち、天秤を『これを見よ』とばかりに誇らしげに前方に掲げていました。僕があなたに強く惹かれたのは、単にあなたの容姿が美しかったからだけではありません。第一、初めてあなたを見たとき、あなたは目隠しをしており、残念ながらその1000万ボルトの澄んだ瞳を見ることはできなかったのですから。一体、あなたの何に僕はこれほどまで強く惹かれたのでしょうか。うまく口では言えないけれど、あなたの持っているあなたに独特の雰囲気である『気品』といったようなものではないかと思います。あなたの周囲には、何か侵し難い凛とした冬の早朝の澄んだ空気のようなものが満ちていました。
 あなたのその特異な姿が何を意味するのか、あなたが何者であるのか、徐々に分かってきました。その名はユスティティア(Justitia)。あなたは2000年以上も前から『正義の女神ユスティティア』、『法の女神ユスティティア』と呼ばれ、ローマ神話を通してローマ人はあなたの存在を固く信じていました。ギリシャ神話ではあなたはディケーとかアストライアーと呼ばれていました。あなたの利き腕の右手の天秤は、この世で絶え間なく生じる様々な紛争の当事者の言い分を主観を入れずに正確に量る道具であり、公平(衡平)・公正・理性の象徴なのですね。一体、この変転極まりない価値観が多様化している世の中で何が『正義』なのか、『法』なのか、僕にはよく分かりません。だいたい『正義』に限らず、『幸せ』とか『愛』とか『真実』とか『美しさ』とか『優しさ』とか、本当に人間にとって大切だと思われるものは、すべて目に見えず、耳で聞くことも、手で触ることもできないものばかりです。それが何であるのかは、非常に主観的なものだと思うのです。あなたは、この難題を解決するために、両当事者の利益を天秤を使って正確に量り、最も妥当なこれこそ正義だと思われる結論を『あまねく正義を!(Justitia omnibus)』とつぶやきながら下すのですね。これは弱い人間にはできないまさに神業です。しかも、その際、あなたは神様なのに、万が一にもこの世のしがらみによって主観が入り込み不公平が生じることを恐れて、目隠しをしているのですね。何という謙虚さ、奥床しさでしょう。あなたの目隠しを見ていると、神ならぬ人間とは本当に弱いものだと実感し、また自分と利害関係のない(又は、ある)当事者へのあなたの優しい思いやりが感じられてなりません。ただ、優しさとか理性は強さに裏打ちされていなければならない。あなたがあえて利き腕ではない左手に握ったその剣は、めったに使わないけれど、たとえ皇帝でも正義や法に従わない『ならず者』がどうしても天秤の結論(正義や法)に応じないときは、最後の手段として力に訴えその者を切り捨てることをも辞さないという凄まじいばかりのあなたの決意を表していますね。ここにおいて初めて理性に基づいた正義の判断が可能になるわけですね。あなたに初めて会ったとき僕が感じた『気品ある美しさ』の正体はこの毅然とした覚悟だったということが今やっと分かりました。
 あなたを初めて見かけたあの日以来、あなたはずっと僕の心の中に住み続けています。今でも時々、人と人が憎しみ合い、髪を振り乱し大声で罵り合い、取っ組み合って争っている様々な紛争事例に出会う度に、僕は当事者双方の言い分を十分に聞いた上で、僕の心の中に住むあなたを呼び出し、あなたの天秤に両当事者の利益を載せて正義の観点からどちらの利益を重視するべきか考えるのです。『天落つるとも正義をなさしめよ』と喝破していたあなたが、黄金時代には人間と共に住んでいたけれど、人間の堕落とともに天に遁れてしまい、乙女座の星座になったというローマ神話は皮肉です。この地球上にはもはや正義は存在しえないということでしょうか。それでもあなたは今でも僕たちが心のどこかでその存在を信じている、あるいは少なくとも信じたいとは希っている「正義(justice)」という言葉の語源として、目隠しをはずしたときのあなたの類い希な気品のある美貌と共に、法を学ぶ僕らの心の中に永遠に生き続けることでしょう。
 p.s.僕が乙女座の生まれというのは偶然とは思えません。欠点だらけであなたほど魅力的な人間ではありませんが、あなたを想う気持ちは誰にも負けません。あなたに相応しい男になるためにお腹をへこませて?男を磨いておきますので、今度、静岡の美味しいお寿司でも一緒に食べに行きましょう!」(1998年10月「静大だより」134号2頁)

 

 早いもので、富士山と駿河湾を臨む静岡の地で30代の僕があなたに初めてこのラブレターを書いてからもう18年の月日が経とうとしています。残念ながらあなたからはお返事をもらえませんでした。それでも、否、それだからこそ、50代になっても僕はあなたのことを一日も忘れたことはありません。10年ほど前から僕は故郷横浜の関東学院大学に移り、シーサイドパラダイスの近くのあのゴッホやモネにも影響を与えた江戸時代の世界的浮世絵師・歌川広重が代表作の舞台とした景勝地・金沢八景の美しい海が見える研究室で民法の研究・教育を続けています。大学から歩いてすぐの所に中世日本の学問の中心地・金沢文庫や近代日本を創り出した初代内閣総理大臣・伊藤博文が大日本帝国憲法を起草した別荘が置かれていた夏島もあります。伊藤博文が愛し足繁く通った鰻の老舗も当時の味をそのまま守っているそうですから、今度案内できたらと思います。横浜方面においでの際は是非お声をかけてください。

 

 

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