教員紹介

法学部教員コラム vol.17

2013.07.17 法学科 道幸 俊也

米国滞在経験〜自分の身は自分で守る〜

法学部では、法学部教員の研究生活の一端や、大学人として
折にふれて感じたことを、コラムとして順次紹介しています!

 

 

2013-7-17 掲載
vol.17   『米国滞在経験〜自分の身は自分で守る〜』
執筆者:法学部 助教 道幸俊也 (キャリア支援科目担当)

 

 

 

 

緑あふれる円形広場の様子 (2013年初夏撮影)

 

 

1997年から3年間、米国は西海岸シリコンバレーに仕事で滞在していました。教員になる前、社会人として企業で働いていたのですが、その関連会社が立ち上がったので、「勉強がてら行ってこい!」という辞令が下りたのです。
この米国滞在で一番大きな出来事はどんなことだったのか?それはこの3年間の内、1年ほど日本能率協会コンサルティング米国支社(JMAC America)のプロジェクトに参加していた時のことです。同じく西海岸のOrange County(オレンジ郡)にある日系企業の工場へコンサルティングで週3日ほど半年間訪問しました。その企業で働いている人はほとんどベトナムからの難民の人たちでした。その工場のラインでマネージャーをしていた方から聞いた話です。
彼らは、遠くベトナムを縦20m、幅5mの船で出発。もちろん動力はありませんので、風任せ海流任せなのです。船の構造は3階になっていたようでした。そこに約70人のベトナム人の人たちが狭い空間に身を寄せ合い、約3ヶ月間北米大陸を目指してきたというのです。やがて食べ物も底をつきかけてくる中、ようやく北米大陸が見え、あと100mもすれば陸という時点で一斉に海へ飛び込むというのです。当然体力もありません。兄弟や家族が傍らでもがき海へ沈んでいく中、何とかして上陸しようと、必死で残りわずかな体力で泳ぎ続けるわけです。
どうしてそんなに必死にならないといけないのか?実はその背景に沿岸警備隊が高速艇で彼らを拿捕し、本国へ強制送還するために何隻も走ってくるんですね。それを何とか逃れ、一歩でも上陸することができさえすれば、難民として認められるわけです。こうして彼らはワシントン州に上陸することができたとのことでした。
この方は、当時27歳。そこから自分でお金を貯めて、高校に入学、さらには大学を卒業して今の企業に仲間を引き連れて就職できたのです。この話を笑顔で伝えてくれました。しかし、聞いてる私としては、TVでこのような番組を観たことはあっても、生の体験話を聞いたことがなかったためか、涙が自然と溢れてきてました。やはり身内が傍らで海の底に沈んでいくなんて考えられません。しかし、こうして彼らは、一から高校に入り直して大学まで頑張って今を大切に過ごしています。
「必要だからやる!」これは欧米では当たり前のことです。自分にとって当たり前のことをやることに、日本では時として社会的に人目には奇異に映ってしまいます。妙に世間体の体裁に気を遣い、疲れ果ててしまうこともあります。でも、米国ではそういう人目は全く気にせずに過ごせました。60歳の社員の人が、それも米国内ではかなり有名な人材リクルーターであっても、仕事が終わったら、大学へ勉強をしにいくわけです。私は一度彼に聞いたことがありました。

 

 

「いつも仕事終わってから、どこに行ってるの?」
「会計のクラス(授業)を取りに大学さ」
「どうして会計を?」
「今関わってる案件で必要だからさ。なんでそんなこと聞くんだ?必要だからやるのは当たり前だろ?」

 

 

こんな調子で叱られてしまいました。同時に、これが日本人感覚なんだと痛感した瞬間でもあります。日本だったら、「もうそこまでしなくても・・・」という声も聞こえてきそうです。でも、米国では、日本のように集団護船方式の環境はありません。誰も守ってくれません。必要だったら自ら動く。前述のベトナム人の方も同じです。そうしていかないと生きていけないんですね。今、この日本もグローバル化が叫ばれています。「自分の身は自分で守る」日本人も実践していかないといけない時代になってきているのかもしれません。皆さんはどう思いますか?

 

 

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