教員紹介

法学部教員コラム vol.3

2012.10.01 法学科 田口 幹比古

ロンドンと漱石

法学部では、法学部教員の研究生活の一端や、大学人として
折にふれて感じたことを、コラムとして順次紹介しています!

 


2012-10-1 掲載
vol.3 【ロンドンと漱石】
執筆者:法学部 教授 田口 幹比古
(英語リーディング、TOEICスキルズ、外国文学(英米文学)など)

 

 

ユニヴァシティ・コレッジ(1828年に創立)

 

 

ロンドンオリンピックも盛況のうちに終了しました。期間中は、選手の活躍に寝不足になった人も多かったのではないでしょうか。私は10年ほど前、ロンドンに滞在していた頃のことを思い出しながらマラソンを観戦していました。その頃はポンドも今ほどは安くなく生活に余裕があるわけではなかったのですが、時間を見つけては文学散歩に出かけたものです。カーライル博物館やディケンズの家など英文学で親しんだ文学者ゆかりの場所を訪問する中で、日本の英文学者でもあった夏目漱石の留学時代にも興味があり、出口保夫著『夏目漱石とロンドンを歩く』(PHP文庫)をポケットに、ゆかりの場所をいくつか訪ねてみました。

 

 

文部省の留学生とし33歳の漱石がロンドンへ着いたのは1900年10月28日のことです。留学先を決めないままロンドンへ着いた漱石は結局、1828年に創立されたユニヴァシティ・コレッジ(写真参照)で、聴講生として授業に出ていましたが、しばらくして大学へ通うのはやめて、個人指導を受けたり、下宿にこもって読書に精を出したりしていました。

 

 

約2年の留学中に彼は5回下宿を変わっていますが、最後の下宿がザ・チェイスという静かな住宅街にあるミス・リールの家で、ここで1年半くらい暮らしています。漱石記念館がその下宿のちょうど真向かいにあります。この頃、神経衰弱に苦しんでいた漱石は戸外運動として自転車に乗るのを勧められ「自転車日記」というユーモラスな小品を残しています。下宿近くのクラパム・コモンやラヴェンダー・ヒルでの自転車の練習の様子がとても面白く書かれています。興味のある人には一読をお勧めします。

 

 

このほか、漱石のロンドン滞在中の経験は「倫敦塔」「カーライル博物館」などで知ることができます。カーライル博物館に行くと、案内のおばさんが薄れたインクのK. Natsumeという漱石のサインのある入館名簿を見せてくれました。

 

 

2年の留学を終えた漱石は1902年12月5日イギリスを発って1903年1月23日神戸に上陸しています。ロンドンでは強度の神経衰弱に悩まされ「ナツメ狂セリ」の電報が文部省へ打たれるほどでしたし、ロンドン留学の成果とも言える『文学論』の序では「倫敦に住み暮らしたる二年は尤も不愉快の2年なり。余は英国紳士の間にあって狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を営みたり。」などと書いていますから楽しい留学とは言えなかったようです。

 

 

現在であれば、電話で簡単に日本にいる家族や友人とも話が出きるし、電子メールでも連絡が取れます。また、日本食の店もたくさんあります。食材も、こしひかり、納豆、豆腐などほとんど手に入ります。それでも、異国の地での生活は孤独と不安に苛まれるものです。

 

 

110年も前の留学生、夏目金之助のつらさはいかばかりだったでしょうか。

 

 

【参考文献】
出口保夫『夏目漱石とロンドンを歩く』(PHP文庫、1993年)

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